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いじめ=死ではない

昨日マッサージに行ったにも関わらず、相変わらず腰痛に悩むMASAです。
ほかに原因があるのでしょうか…

俺の腰痛の悩みよりも、もっともっと深刻な悩みを抱えている方々が沢山います。
子ども達の、いじめを苦にした自殺は…
死なれた肉親や友人、関係者、その全てに深い爪痕を刻みこんでしまいます。
今こうしている間にもいじめに悩み、死を思う子ども達がいるのでしょう。

もしも、なにかの間違いでこのブログを見ているいじめられっこがいらっしゃるなら、その方に言わせて下さい。

死なないで。

死ぬほどつらいなら逃げてもいいし隠れてもいい。
立ち向かう強さも必要ない。
とにかく、死なないで。

俺も子どもの頃にいじめにあいました。
あなたに比べたら、たいしたことのない、他愛もないいじめだったかもしれません。
でも、それでも死にたくなった。
毎日が苦しくて苦しくて、学校も休みがち。
どうやって逃げるかだけが、俺の思考を支配していました。
今思えば、逃げて良かったと思う。
逃げなければ生きていけなかったから。
そして、死ななくて本当に良かったと思う。

トンネルには必ず出口がある。
そのトンネルがどんなに暗くて長いものであっても、今は見えない出口が必ずある。
だから…
死んじゃダメだよ。

あれからン十年。
俺は今、とても幸せです。
沢山の愛する人々に囲まれ、自分を表現できる仕事にも恵まれ、生きることのつらさを感じることもあるけれど、生きてることの楽しさを噛みしめています。
長い長いトンネルを抜けたところに、確かな光があったのです。

生きてて良かった!
そんなふうに思える日が必ず来るのです!
それが人生の法則なのです!

どうか生きて下さい!

あなたの幸せを、心から祈ります。
GOD BLESS YOU!!

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

ましゃくん、こんばんは~☆

最近テレビをつけると連日のように
『いじめで自殺』やってますね。
今日も教師が校長から受けたパワハラで自殺ってのを見てました。
本当に、聞いてると腹が立ってくる。
残された家族は、どうやって生きていけばいいのか、そこまで責任とれるなら
いじめてみろって思った。
いじめで自殺に追い込んだ人は、殺人と変わらないよね。

私も過去に何度か死にたいって思ったことあったけど、『生きててよかった』かどうかは
正直いまだ不明。
自殺サイトをみて、
死ぬ場所や死に方を選ばないと、
莫大なお金と迷惑が自分の身内に降りかかることを知り、思いとどまったこともありました。
その時、苦しい時に『死』を選ぶこともできない
ことが一層苦しくなったりもしました。

私はきっと、もし偶然死のうとする人を見つけても
止められないと思う。

情けないけど、命の尊さがまだわかってない未熟者です。

投稿: かすみ | 2006年10月30日 (月) 21時35分

MASAが書いた通り、全面賛成。しかし、その悩んでいる人になかなかその言葉が届かない。
例えば、いじめた人は、軽い気持ちで回りの調子に合わせただけかも知れない。だけど一生かけても、たぶん、償えない。その子たちも重い過去を背負って数十年を生きるのかと思うといたたまれない。
相手の気持ちをわかってあげること・・自分はそれを誰から教わったか、今の子供に誰が教えてあげるのか・・。かつて日本にあった思いやりの心が失われていると思う。国や教育者だけの問題ではない。自分に何ができるのか・・・ちゃんと向き合って考えます。

投稿: kazuh | 2006年10月30日 (月) 22時11分

>かすみちゃん
未熟者ではないよ。
随分と偉そうなことを書いてしまった俺も、死を思うことはあるよ、いまだに。
でもね、生きててよかったと思うことも本当さ。

さんまちゃんが「生きてるだけで丸儲け」なんておちゃらけて言ってるけど、あれは真理だと思う。
命が尊いから生きるのではなく、生きてるだけで楽しいことがいっぱいあるから生きるのだと思うんだ。
だけど、生きてればつらいこともいっぱいいっぱいあるし、死にたいと思うことも実際にあるさ。

>その時、苦しい時に『死』を選ぶこともできない
>ことが一層苦しくなったりもしました。

死を選ぶこともできなかったのではなく、かすみちゃんは生きることを選んだんだよ。
生きることを選んだから、こうしてみんなと出会えた。
ジャッキーやひらぴょんやちっちや俺や・・・

かすみちゃん、生きることを選んでくれてありがとう。
こうして俺たちとちゃんと出会ってくれて、心からありがとう。
かすみちゃんから元気をもらっている友を代表して、この場を借りて感謝の気持ちを伝えます・・・

みんなあなたが大好きだよ!!

投稿: MASA | 2006年10月30日 (月) 22時45分

>kazuhさま
kazuhさんの言うとおり、相手を思いやる気持ちが普通に根付いていれば、自殺に追い込むまでのいじめなんて存在できないはずだと思う。

俺は幼稚園でよく子供に叩かれる。蹴られる。
幼児は愛情表現でやっていることでも、俺は痛いのさ。
やつら、手加減知らないから・・・
で、そんな時は必ずこう言う。
「痛いことはしないで下さい!」
それでもまだ叩いてくる子には、同じように叩いてやる。
「ほら、痛いでしょ。自分が嫌なことを人にしちゃだめでしょ?」

今の子供たちって、結局幼稚園から成長してないのかな?って思う。
人間であれば当然理解しているはずの「他人に迷惑をかけてはいけない」という根幹的なことが身についていない。
幼児性の中に存在する「残忍さ」は成長と共に収束していくものだと思うのですが・・・

俺は極論的に断言してしまうのだけど・・・
いじめはいじめるほうが悪い。
そして「いじめはだめ!」ということを教えてこなかった大人たちが悪い。

kazuhさんの意見に両手を挙げて賛成!!

投稿: MASA | 2006年10月30日 (月) 23時10分

こんにちは。私も小3の子を持つ親として、日々報道される“いじめ”について、敏感に反応しています。昨日、息子の口からゾッとする話を聞きました。クラスで、“デスノートごっこ”をしていて先生に怒られたと。勿論息子もやっていました。本人は仲のイイ子達の名前を書いて遊び半分でやっていたと、まるで悪びれた様子も無くむしろ楽しんでいたよう。確かに最初は遊びのつもりかもしれないけれど、段々エスカレートしてイジメになる事も十分ありえると思う。 息子に言いました。名前を書かれた友達が傷ついてるかもしれない。そこからイジメにつながるかもしれない。自分が書かれたらどんな気持ちになるかって。そんなくだらない遊びはやるんじゃないと。 
 
 親はまず、自分の子がイジメられていないかと心配をする。勿論私もそうでした。でも最近は、自分の子がイジメる側になっていないかとも思うようにしている。 

 私もまだまだ親として未熟者。本当に先が不安で仕方ありません。でもMASA君が言うように、息子には、色々な事を乗り越えて、人の痛みがわかる子になってほしい。そして楽しい人生を送って欲しいと心から思います。

投稿: kan☆ko | 2006年10月31日 (火) 08時30分

〉kanちゃん
素晴らしいと思う。
なにが素晴らしいって、まず親子の会話がしっかりできてる。
そして、ちゃんと叱ることができる。

俺には我が子がいないから、親としての立場で語ることはできない。
昨今のいじめ問題についても親としての立場で見たら背筋が凍りつく思いだろう、と想像するしかないわけで。

デスノートごっこ…
確かにぞっとする…
まるで悪気がないから、尚更ぞっとするね。
先生が叱ってくれて良かったよ、本当に。
そして、ちゃんと筋道を立ててこーちゃんに言って聞かせたkanママの言葉はきっと届いたと信じたい。

大人の責任て…
本当に重大だね。

投稿: MASA | 2006年10月31日 (火) 10時27分

きのうはここに仕事したかもー。

投稿: BlogPetの銀次郎 | 2006年10月31日 (火) 11時24分

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